駅前で、目の前を通り過ぎようとする台車を見て、彼女の動きは、ぴたっと止まります。

それ押していたのが、ぶたのぬいぐるみ だったからです。

バレーボールぐらいの大きさのぬいぐるみが「うんしょ、うんしょ」と押していたのです。

台車は一見、鼻で押されている様に見えましたが、実際には、前足と言うか、手で押されているようでした。

駅前には、彼女以外にも人がいます

しかし誰も、驚いていない様に見えました。

「見て見ぬふりをしているの?」

そう思った時、ぶたのぬいぐるみが、茶運び人形みたいに押す台車は、駅の改札あたりに着きます。

「こんにちはー」

女性は驚きました。

「…ぬいぐるみが、しゃべった?」

それは、黒ビーズの点目、右側がそっくり返った大きな耳、結び目のあるしっぽの、桃色のぶたのぬいぐるみには似合わない、渋い男の声です。

「あんなに、かわいい姿なのに…惜しい」

そんな事を思っている彼女に、有人改札から出て来た若い駅員が、ぬいぐるみに挨拶する声が聞こえます。

「あっ、ごくろうさまです!」

「はい。お弁当」

ぶたのぬいぐるみは、自分よりも大きなビニール袋を、駅員に差し出しました。

「あ、すいませーん。全部でいくらですか」

お金を受け取ったぬいぐるみは、お釣りを払うために、自分の背負っている黄色いリュックから、小銭をつまみ出します。

「いつも届けてもらっちゃって、悪いですね」

「いいえ、こちらこそ毎度ありがといございます」

一連のやりとりを見ていた、女性は思いました。

「…ぶたのぬいぐるみが届けてくれる、お弁当屋さん?すごい…すごいサービスだ!」




ぶたぶたの休日 (徳間文庫)
矢崎 存美
徳間書店
2013-02-01

    

    
★過去の作話★「月白の諧謔」

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