銀曜日の戯言

領国は越前敦賀 官位は従五位下 官職は刑部少輔

「契りあらば 六の巷に まてしばし おくれ先立つ 事はありとも」

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文字本について

江戸三〇〇藩 最後の藩主 うちの殿様は何をした?/第七章



「江戸三〇〇藩 最後の藩主 うちの殿様は何をした?」は幕末の動乱期に「最後の藩主」である「各藩の殿様」が何を考え、どう行動したのかが書かれた本。

「第七章 殿様たちの明治・大正・昭和・平成」に記されているのは、

明治維新の際に、日本が参考にした、フランスの地方制度は、ナポレオン時代にイエズス会の宣教師達に紹介された、古代中国のシステムを模したものだった。

戊辰戦争の処分で、米沢藩は会津に転封されそうになったが、新政府に献金して取り消してもらった。

廃藩置県の直後は「3府302県」体制で、その後「3府72県」、「3府39県+北海道開拓使+琉球藩」、「47道府県」を経て、昭和になって「47都道府県」となった。

等々…



    

    
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江戸三〇〇藩 最後の藩主 うちの殿様は何をした?/第六章



「江戸三〇〇藩 最後の藩主 うちの殿様は何をした?」は幕末の動乱期に「最後の藩主」である「各藩の殿様」が何を考え、どう行動したのかが書かれた本。

「第六章 「錦の御旗」が宿す魔力の秘密」に記されているのは、

勝山藩は、彰義隊に派兵を強要されて、籤引きで選んだ24人を、渋々参加させた。

広瀬藩は、花見に浮かれてると思われては困るので、陣屋の桜の木100本を切って、謹慎の意を示した。

後醍醐帝が「錦の御旗」を、鎌倉幕府打倒の際に使った故事が、幕末には、現代とは比べ物にならない程の重さと絶対性があったので、それに刃向かうには、余程の勇気が必要だった。

等々…



    

    
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江戸三〇〇藩 最後の藩主 うちの殿様は何をした?/第五章



「江戸三〇〇藩 最後の藩主 うちの殿様は何をした?」は幕末の動乱期に「最後の藩主」である「各藩の殿様」が何を考え、どう行動したのかが書かれた本。

「第五章 西南雄藩の行動原理」に記されているのは、

長州が、初期には、圧倒的に存在の方が大きかった薩摩と、肩を並べる存在になれたのは、薩摩の立場が西南戦争で弱くなった事と、長州が、近代国家に有用な人材をより多く供給したからであった。

秀吉にとっては、南九州は興味のない辺境地域で、薩摩が、大人しくして、地域の平和だけを守る存在にさえなってくれれば良かったので、九州征討の際に、滅ぼすことが出来たのに滅ぼさなかった。

徳川幕府の鎖国政策の結果、日本と世界の技術格差が広がり、薩摩が持つ、琉球を通じた世界につながる細いパイプの価値が、相対的に高くなった事が、薩摩の立場を強いものにしていった。

等々…



    

    
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紀之介
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