銀曜日の戯言

領国は越前敦賀 官位は従五位下 官職は刑部少輔

「契りあらば 六の巷に まてしばし おくれ先立つ 事はありとも」

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経済で読み解く明治維新

担保

江戸時代の初期の大名は、無担保でお金を借りる事が出来た。

しかし、時代が下がるにつれて、担保なしでは、借金が出来なくなる。

それは、お金を借りて、返済が出来なくなった大名が、しばしば「お断り」と称して、借金を踏み倒したからであった。

借金に担保を求められた大名は、その年徴収される予定の年貢米を差し入れた。

これを「物成引当」と言う。

大名の借金の金額が少ない内は、その年の年貢米だけ担保にすれば、何とかなった。

しかし金額が大きくなると、それでは足りなくなる。

1年後、2年後…と、先の年貢米を、担保として差し入れたのだ。

中には、藩の徴税権そのものを、担保にせざるを得ない所まで追い込まれた大名も存在した。。。




    

    
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手伝普請

江戸幕府は、国家レベルの土木工事について、諸藩に手伝うように要請した。

所謂、手伝普請と呼ばれるものである。

江戸時代初期の手伝普請は、全国の大名に発令され、江戸城や江戸の城下町、西国の重要軍事拠点、徳川家ゆかりの城などを中心に行われた。

この頃は、まだ幕府にも、全国の主要な道路と河川の整備についての財政負担をする余裕があり、手伝普請も、諸藩が、戦争で軍事力を提供する軍役の代わりに「自発的」に手伝うという性格のものであった。

しかし、江戸時代中期になると、経済的に苦しくなった幕府単体では、こう言った工事を実施出来なくなる。

そこで幕府は、指名した有力大名に、手伝普請を行わせる形を取る。

薩摩藩や長州藩の様に、外様で経済規模が大きい藩は、反乱の芽を摘むための目的もあってか、特に狙われた。

「木曽三川治水工事」を行うように指名された薩摩藩は、この工事を受けるかどうかで紛糾し、幕府と戦ってでも止めるべきだという意見さえ噴出したそうである。。。




    

    
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海外に流失

江戸時代の日本には、さしたる輸出品がなかった。

海外との貿易では、専ら輸入する側である。

当時の国際通貨は金銀であり、購入代金は、金銀で支払われた。

一方で金銀は、日本の国内通貨でもあった。

日本が海外と貿易を行うと言う事は、国内通貨である金銀が、輸入代金として国外に流失する事を意味する。

国内の通貨が大量に海外に流出すると、当然、国内の通貨量も大幅に減り、デフレが発生する事になる。

デフレになれば、モノの値段が下がる。

幕藩体制の基礎は、米の石高制であったから、物価が下がって、米価が下落傾向を続ける事は、幕府にとって、極めて大きな問題であった。

そこで幕府は、貿易量を制限して、金銀の流出を抑制する必要に迫られる。

江戸幕府が鎖国をした理由は これであった。

「奢侈(しゃし)禁止令」の様な贅沢禁止令の度々の発令も、同じ様な発想に基づく。

貿易の支払いで、国内の金銀が海外流失するのを防ぐために、絹織物の等の輸入品の需要を抑制するのが目的であって、悪戯に庶民を苦しめて喜んでいた訳ではない。。。




    

    
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紀之介
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